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福岡地方裁判所 昭和45年(わ)432号 判決 1974年4月08日

被告人 金苗修一郎

昭二四・四・四生 学生

主文

被告人を懲役三月に処する。

この裁判確定の日から一年間、右刑の執行を猶予する。

理由

(本件犯行に至る経緯)

昭和四五年五月二一日ころ、福岡市六本松四丁目二番所在九州大学(以下、九大という)教養部構内学生会館において、いわゆる革マル派に所属する学生集団が、同派所属学生の被リンチ事件の報復として右学生会館を拠点としていたいわゆる中核派、反帝学評などに所属する学生集団に対し、竹竿、鉄パイプなどの兇器を用いて襲撃する事件が発生し、同月二四日夜にも右革マル派学生集団と中核派ら学生集団とが右学生会館の内外に対峙して衝突する事態が生じたため、翌二五日午前一時ころから西福岡警察署司法警察職員らにより捜索差押許可状(兇器準備集合被疑事件)に基づく右学生会館内の強制捜査がなされ、鉄パイプ、竹竿など多数の兇器が押収された。

しかしながら、右強制捜査終了後の同日午前五時ころから六時過ぎころにかけ、ヘルメツトを着用し鉄パイプ、竹竿などを持つた三〇~四〇名の革マル派学生集団は、再び前記学生会館付近に集結して同会館内にたてこもつていた中核派学生らと対峙しあるいは同構内一号館付近に移動するなどの動きを示し、他方、前記九大教養部正門から約一三〇メートル離れた城南線六本松電車停留所付近には、ヘルメツトを着用した中核派の学生ら約三〇名が集結していた。

被告人は、前同日(五月二五日)午前六時過ぎころ、福岡市西新六丁目二の二七所在西南学院大学西門付近路上において、若い男性(氏名不詳)とともに、毛布に包んだ鉄パイプ一五本、先端のとがつた竹竿一本をタクシーに搬入して発進し、前記九大教養部南門付近で一時停車させて車窓越しに同構内の状況を眺めるなど前記乗車地点から約七キロメートルの区間を一時停車数回を織りまぜながら走行し、同日午前六時二五分過ぎころ、中核派学生らが集結中の前記六本松電車停留所付近で同タクシーにかけ寄つてきた若い女性(氏名不詳)を乗車させ、同女の指示により同所を右折して九大教養部正門方向に進行した。

(罪となるべき事実)

被告人は、前記六本松電車停留所付近に集結していたいわゆる中核派学生ら約三〇名と順次意思相通じ、昭和四五年五月二五日午前六時三〇分ころ、福岡市六本松四丁目二番所在九大教養部正門付近道路において、同日右教養部構内に集結していたいわゆる革マル派学生らの対応の如何によつては、同派学生らの身体に対し共同して害を加える目的をもつて、そのころ中核派の旗竿を掲げて右正門付近まで進出してきた前記中核派学生らとともに、鉄パイプ一五本(昭和四六年押第二二一号の一)、先端のとがつた竹竿一本(前同号の三)の兇器を準備して集合したものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人、弁護人の主張に対する判断)

(一)  被告人は、「昭和四五年五月二五日、九大教養部構内で開かれる学生大会を見学するため、判示時刻ころタクシーで同教養部正門付近に乗りつけたことはあるが、中核派の学生ら約三〇名とは何の関係がなく、半袖シヤツ一枚という被告人の当日の服装からも明らかなように革マル派学生らの身体に共同して害を加える目的などもつておらず、右中核派学生らと兇器を準備して集合した事実もない。」旨陳述し、弁護人も、判示中核派学生らと被告人の共謀、共同加害の目的、中核派学生らとの集合、の各点がいずれも存在しないことを理由に被告人は無罪である旨主張するので、裁判所の判断を示すことにする。

(二)  証拠を検討すると次のような各事実が認められる。

(1)  本事件当時の九大教養部構内の情勢は判示「本件犯行に至る経緯」のとおりで、当日の学生大会開催予定の有無については被告人の当公判廷における供述以外に証拠資料がなく、学生大会が開催される予定があつたとしても被告人自身「午前六時三〇分」という早朝から右教養部に赴いた理由を明らかにしていない(被告人の当公判廷における供述九四項参照)。

(2)  被告人が判示教養部正門付近でタクシーから下車した際、車内から搬出所持した毛布(昭和四六年押第二三号の二)の中には、長さ約〇・三八~一・五二メートルの鉄パイプ一五本(前同号の一)、長さ約一・四一メートルの先端のとがつた竹竿一本(前同号の三)で、総重量は約一一キログラムに達し、判示西南学院大学西門付近路上で、右毛布包みがタクシー内に搬入された際「ガチヤン」という金属音を発しており、被告人が右毛布のなかみを予知していたものと推認できる(第九回公判調書中の証人白石昭慶の供述記載部分参照)。

(3)  判示タクシーに被告人と同乗した若い男性、女性(いずれも氏名不詳)の職業、被告人との間柄は一切不明であるが、一般的に未知の人間が何の連絡もなしにタクシーに順次相乗りしてくるようなことは経験則上考えられぬことであり、本件においても、前記毛布包みをタクシーに搬入する際の被告人と氏名不詳の男性の行動は言葉には出ていないけれども呼吸の合つたもので、判示六本松電車停留所付近に至るまでの間に、九大教養部南門付近で同構内にいた革マル派学生らの動きを観察したり、被告人自ら、「早いな。」とつぶやいてタクシーを一時停車させて時間の調整を図るような指示をし、右六本松電車停留所付近で氏名不詳の女性を同乗させる際にも運転手に停車の合図をし(その時点で右タクシーの左側路地に判示ヘルメツトを着用した中核派学生らが集結しているのを右運転手が現認している)、右氏名不詳の女性も、乗車直後運転手に右折の指示や九大教養部正門方向へゆつくりした速度で進行するよう伝えた後右正門手前で停車の合図をするなど、車中で三者間に具体的会話はとりかわされていないが、全体的に矛盾のない態度、行動を示している(第九回公判調書中の証人白石昭慶の供述記載部分、司法警察員作成の昭和四五年六月一九日付実況見分調書参照)。

(4)  九大教養部正門付近道路で、氏名不詳の女性に次いでタクシーから下車した被告人が、前記(2)のように鉄パイプ等を包んだ毛布を抱え、折から右正門付近まで進出してきた判示中核派学生ら(同集団の先頭と被告人との間の距離は約七・五メートル)のほうに数歩あるきかけた際、警備巡視中の西福岡警察署警備課長(私服)から職務質問をかけられ、傍らの氏名不詳の女性から「逃げて、逃げて。」と言われ(右女性から逃げるよう声をかけられたことは被告人も認めている)、被告人は右毛布を抱えたまま向い側の商店側歩道方向に逃げ出し、同歩道上に毛布包みを捨てて付近路地内に逃走した(第八回公判調書中の証人丸山森男の供述記載部分、司法警察員作成の昭和四五年六月三日付実況見分調書参照)。

(5)  前記六本松電車停留所付近に集結していた判示中核派学生らは、被告人らのタクシーに追随するような形で同所を発進し、九大教養部北東端付近歩道に差しかかつた際、同構内にいた革マル派学生らが同所付近の鉄柵にかけ寄つてきて中核派学生らを追い払う気勢を示した後再び同構内学生会館方向へ退去する一場面があり、その後前記(4)のように被告人らのタクシーに集団の先頭が七・五メートル位まで接近してきたが、前記西福岡警察署警備課長が被告人に対し職務質問をかけた直後ころ、反転して六本松電車停留所方向に引き返して行つた(第八回公判調書中の証人丸山森男の供述記載部分、証人藤宏之に対する当裁判所の尋問調書、証人藤宏之の当公判廷における供述、司法巡査鶴野宏之の写真撮影報告書参照)。

(三)  前記各事実を総合すれば、被告人と判示中核派学生らとの間に氏名不詳の女性を介し順次暗黙裡の意思連絡のあつたこと、判示教養部構内の革マル派学生らのいわゆる武装結集に対応し、学生会館内にたてこもつていた中核派学生らの支援を意図し、事態の推移によつては革マル派学生らの身体に対する共同加害の目的を被告人や判示中核派学生らが抱いていたこと(用法上の兇器であることが明らかな前記鉄パイプ、竹竿の本数、形状、重量より推認)、被告人と右中核派学生らが合体して右鉄パイプ等を複数人が手にする場面に至つたわけではないけれども、前記両者の距離関係からして双互にその存在を認識できる場所的範囲に入つているので判示のように九大教養部正門付近道路に集合した形態ができたものと評価できること、が明らかであるから、被告人、弁護人の無罪の主張はいずれも採用できない。

なお、被告人が本件当時半袖シヤツ姿でヘルメツトも着用していなかつたことは認められる(司法巡査平島貢の写真撮影報告書参照)けれども、右は被告人がいわゆる兇器の運搬役を自ら担当したことと併せ考え、被告人に共同加害の目的がなかつたのではないかとの合理的な疑いを抱かせるまでの証拠資料とはならず、判示九大教養部構内および構外での革マル派学生らと中核派学生らの緊張関係が時間的、場所的にも近接した、いわば一触即発の状況下で、被告人が前記のように同教養部正門付近道路まで前記鉄パイプ等を持ちこんだ所為を、兇器準備集合罪の構成要件を充足する以前の軽犯罪法第一条第二号の問題に過ぎないとか、前記氏名不詳の男性、女性とのみの兇器準備集合罪の成否の事案で判示中核派学生ら約三〇名とは無関係である、と評価するのはいずれも相当でないと思料する。

(法令の適用)

一、判示所為 刑法第二〇八条ノ二第一項、罰金等臨時措置法(昭和四七年法律第六一号による改正前のもの)第三条第一項第一号、刑法第六条、第一〇条(所定刑中懲役刑選択)。

一、執行猶予 同法第二五条第一項。

一、訴訟費用 刑事訴訟法第一八一条第一項但書。

よつて、主文のとおり判決する。

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